〈転用〉の豊かさ

“diversion” for abundance

日本大学理工学部建築学科古澤大輔研究室

 

図版:集合住宅へと転用された「アルルの円形闘技場」
出典:アルド・ロッシ(著),大島哲蔵,福田晴虔(訳),都市の建築,大瀧堂書店,1991.12,p.141

①したたかさ・寛容さ・見事さ
これは、かつて「アルルの円形闘技場」が集合住宅へと転用されていた状態を示す銅版画です。この画の魅力は、闘技場から軍事施設、そして集合住宅へと用途が移り変わりながらも、既存の形態に呼応していく「したたかさ」にあります。また、既存という他者を受け入れる「寛容さ」や、既存という限界要素を含んだ構築物に多様性を与える変容保証の「見事さ」が感じられます。そこには、既存建物が都市の資源として、継続的にその参照価値が見出されていく豊かな時間の流れが横たわっています。竣工時を最適な状態と見なし、その後の変容を不純なものとして捉えるのではなく、時間の移り変わりとともに新たな価値が実装されるインクルーシブな建築のあり方が示されています。
今回私たちは、この転用事例の「模型化」を通じて、ポスト・コロナ時代における「これからの価値」を提示します。

 

 

図版:【有翼人面の牡牛像】
出典:高階秀爾(著, 監修),増補新装カラー版
西洋美術史,美術出版社,2002.12,p.13

②複数の視点の同居(図版左)
これは、アッシリア宮殿入口に置かれていた「有翼人面の牡牛像」と呼ばれる人面獣身の像で、紀元前9世紀前半頃のものと推定されます。ルネサンス期に完成されたとされる透視図法的あるいは遠近法的な解釈では、動物の脚は本来4本でなければなりません。しかしこの人面獣の脚は5本あります。これは当時の人々が、ある対象物を正面と側面という二つの異なる世界から捉えていたからだと考えられます。消失点というひとつの基準に同一化されるのではなく、複数の視点が同居した豊かな「転用的な全体性」が示されています。

 

図版:【Cadavre Exquis(優美な屍骸)】
出典:https://www.nationalgalleries.org/art-and-
artists/31332/cadavre-exquis-exquisite-corpse

③複数の主体の肯定(図版右)
これは、例えばシュルレアリスムにおける作品制作の手法のひとつで「優美な死骸」と呼ばれるものです。複数の制作者が互いの制作内容を知らずに、自分の創作範囲のみに集中し、事後的に作品を統合します。自分の個性を発露させながら、作品の全体性として誰も想定できなかった偶然の産物を生み出す試行方法です。複数の創作主体の介入を肯定する豊かな「転用的な創作」のプロセスが示されています。

 

私たちは、①「アルルの円形闘技場」の【したたかさ・寛容さ・見事さ】、②「有翼人面の牡牛像」の【複数の視点の同居】、③「優美な死骸」の【複数の主体の肯定】といった〈転用的〉な事象に、これからの時代に求められる新しい価値が内在しているのではないか、と考えています。これを矢印のダイアグラムで示せば、ひとりひとりが目指す創造のベクトルはそれぞれ個性を保ちながらも、全体として緩やかに肯定し合う、そんな寛容な世界として描かれるものだと考えます。

これまでの考察を基にして、「アルルの円形闘技場」のあの銅版画を「模型化」することで、この寛容な「世界観」の表現を試みます。

 

【創作のプロセス】
①歪みの設定
世界の正確な記述を目的とした遠近法的な固定された価値観からの脱却を試みます。まず「アルルの円形闘技場」の本体をつくるうえでパースペクティブの「歪み」を設定します。
手前と奥の二つの世界が同居する奥行きのある歪んだ形態です。これは、複数の視点・主体を受け入れる「土壌」となります。
②領域の確定
次に、複数の主体(作家)が介入する為の領域の確定を行ないます。ここでは円形闘技場のアーチひとつひとつを異なる作家が創作を担当します。円形闘技場の中心とアーチを結んだ細長い扇状の領域が作家の創作範囲になります。今回の展示では3名の作家によって創作を行なっています。

③偶然の衝突
3⼈の作家が別々に創作した造形物を統合します。各々が隣の領域を予想しながら制作しますが、その期待は時に裏切られ、それぞれの領域が接し合う「境界⾯」では、建物の輪郭がズレて断面が剥き出しになっていたり、ある建物の同じ部分が連続したりと、作家が意図しなかった偶然の造形が⽴ち現れます。3人が個性を発揮しながら自由に創作しつつも、円形闘技場の力強い形態によって全体性が担保されるため、想定外の造形物でありながら各個性が肯定されるような、寛容さの発露が⾒て取れます。

 

出展者プロフィール

■石田弘樹(顔写真中央)
日本大学大学院修士課程在籍

■一柳亮太郎(顔写真右)
日本大学大学院修士課程在籍

■岩﨑正人(顔写真左)
日本大学大学院修士課程在籍

■古澤大輔
日本大学理工学部建築学科准教授

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